東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2880号 判決 1975年5月29日
控訴人 武原利三郎
右訴訟代理人弁護士 松本迪男
被控訴人 椎橋博
右訴訟代理人弁護士 鶴見祐策
主文
一、原判決を次の通り変更する。
1 控訴人の主位的請求を棄却する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が金百七拾万参千五百円を支払うのと引換に、別紙目録二記載の建物につき昭和四拾九年七月拾壱日売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ右建物を明渡して同目録一記載の土地を引渡せ。
3 被控訴人は、控訴人に対し、昭和四拾六年八月壱日から右建物明渡、土地引渡済に至る迄の壱箇月金九千円の割合による金員を支払え。
4 控訴人のその余の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
三、この判決は、第一項2の建物明渡、土地引渡を命じた部分及び同項3の金員の支払を命じた部分に限り、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、
一、原判決を取消す。
二、(主位的請求)
被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録二記載の建物を収去して、同目録一記載の土地を明渡し、かつ昭和四六年八月一日から右土地明渡済に至る迄の一箇月金一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
三、(予備的請求)
1 被控訴人は、控訴人に対し、控訴人が別紙目録二記載の建物の時価相当の金員を支払うのと引換に、右建物につき昭和四九年七月一一日売買による所有権移転登記手続をなし、かつ右建物を明渡して同目録一記載の土地を引渡せ。
2 被控訴人は、控訴人に対し、昭和四六年八月一日から右建物明渡、土地引渡済に至る迄の一箇月金一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下の通り付加するほかは、原判決の事実摘示と同一である。
双方代理人は、
本件土地の賃貸借契約の期間が満了した昭和四六年七月三一日当時における約定賃料は一箇月金九〇〇〇円であった、
と陳述した。
控訴代理人は、
一、控訴人の孫訴外和田教義は、昭和四八年四月二六日結婚したが、本件土地の明渡が実現しないため、借家住いをしなければならず、生活に困っているので、控訴人としても、本件土地を右和田教義に提供して、同人の生活を安定させる必要に迫られている。
二、被控訴人は、昭和四九年七月一一日の当審口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件建物を時価で買取るべきことを請求したので、控訴人は、被控訴人の右買取請求が認められることを条件として、前記予備的請求記載の通りの判決を求める。但し、被控訴人主張の本件建物の時価の点は、これを争う、
と陳述し(た。)≪証拠関係省略≫
被控訴代理人は、
一、控訴人主張の前記第一項の事実は不知。
二、仮に、本件土地の賃貸借契約が期間満了によって消滅したものとすれば、被控訴人は、控訴人に対し、借地法第四条の規定により本件建物を時価金二〇〇〇万円で買取るべきことを請求し、右建物の代金の支払がある迄は、右建物につき留置権を行使するので、控訴人の本訴請求に応ずることはできない、
と陳述し(た。)≪証拠関係省略≫
理由
一、控訴人が被控訴人に対し、昭和二六年八月一日本件土地を、建物所有の目的をもって、期間二〇年(昭和四六年七月三一日迄)賃料一箇月金五〇〇円、毎月二五日払いの約で賃貸し、以後被控訴人が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を使用占有していること及び控訴人が右賃貸借契約の期間満了に先立ち、被控訴人に対し昭和四五年八月二日到達の書面をもって契約の更新を拒絶する旨を通知したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、かつ控訴人が昭和四六年一二月七日本訴を提起したことは訴訟上明かであるので、控訴人は期間満了後被控訴人の本件土地の使用継続につき遅滞なく異議を述べたものということができる。
二、そこで、控訴人の右更新拒絶及び使用継続に対する異議に、借地法所定の正当事由があるか否かについて検討する。
≪証拠省略≫によれば、およそ以下の事実、即ち、本件土地の賃貸借契約の期間が満了する昭和四六年七月三一日当時、控訴人の長女訴外和田美都子の二男訴外和田教義が結婚を間近に控え、かつ和田美都子が居住している建物には、右美都子夫婦及びその長男夫婦等が居住していて手狭であったため、控訴人は、本件土地の賃貸借契約の期間が満了したときは被控訴人に対し本件土地の明渡を求め、右土地を和田教義に提供して同人の住居を新築させる必要を生じていたこと、右和田教義は昭和四八年四月二六日結婚したが、本件土地の明渡が実現できないでいるため、現在地のアパートの一室を借受けて居住しているが、給料が低いのでアパートの賃料を支払うことも容易でなく、生活の安定を欠いていること、控訴人は本件土地以外にも都内数ヶ所に土地を所有し、また世田谷区下馬に約一七〇坪の土地を賃借し、右借地上に控訴人が現在居住している建物のほか二棟の建物を所有しているが、老令でかつ他に収入の途がないため、控訴人が居住している建物を除いた右土地、建物を他に賃貸し、その賃料をもって生活費にあてていること、控訴人の右居住建物は、現在勤務先の都合で長野に赴任している長男とその家族が将来東京に戻ってきたとき居住する予定にしていること、他方被控訴人は、本件土地を賃借して本件建物に居住したが、約二年後には神奈川県茅ヶ崎市に転居し、その後一旦本件建物に戻ってきたが、昭和三五年一二月頃本件土地の周辺にアパートや工場が建築され、生活環境が悪くなったことを理由として本件建物を他に賃貸し、世田谷区自由ヶ丘に借家をして転居し、昭和三七年九月同区尾山台に宅地一九五坪余の土地を購入し、右土地上に木造瓦葺二階建居宅(一階六一・一四平方メートル、二階四〇・四八平方メートル)を新築してこれに居住したこと、その後昭和四五年三月頃になって、右尾山台の居宅を他に賃貸して本件建物に戻ってきたこと及び被控訴人は昭和四二年頃ナショナル金銭登録機を退職し、その後会社を設立したが思わしくなく、現在小規模の会社に勤務し、その給料と所有建物の賃料をもって夫婦、成年に達した長女及び高校生の長男が生活していること、およそ以上の事実が認められる。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、控訴人が自ら本件土地を使用する必要に迫られているとはいえないにしても、本件土地上に孫の和田教義の建物を建築し、同人の生活の安定をはかる必要のあることは否定できないところであり、右必要性は自ら本件土地を使用する必要性に準ずるものということができる。他方被控訴人が本件土地の借地権を失うことになれば生活上相当の苦痛を受けることは容易に理解し得るところであるが、永年にわたり本件建物を他に賃貸して世田谷区尾山台所在の被控訴人所有の建物に居住していた事情を考慮すれば、被控訴人の本件土地使用の必要性が控訴人の土地使用の必要性を上廻るものということはできず、更に被控訴人が借地法第四条第二項の規定による建物買取請求権によって保護されていることをあわせ考えれば、控訴人の被控訴人に対する本件土地の賃貸借契約の更新拒絶及び土地の使用継続に対する異議については、借地法所定の正当事由があるものであって、右賃貸借契約は昭和四六年七月三一日の期間満了によって消滅したものというべきである。
三、ところで、被控訴人が昭和四九年七月一一日の当審口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件土地の賃貸借契約が期間満了により消滅したことを条件として本件建物を買取るべきことを請求したことは訴訟上明かであり、右買取請求は理由があると認められ、かつ≪証拠省略≫によれば、本件建物の昭和四九年七月一一日当時における時価相当額(建物の場所的利益相当額を含むが、借地権の価格を含まない。)は、金一七〇万三五〇〇円であると認められるので、右同日被控訴人と控訴人との間に代金一七〇万三五〇〇円をもって本件建物の売買契約が成立したものというべきである。従って、本件建物を収去して本件土地の明渡を求める控訴人の主位的請求は、被控訴人の右買取請求により失当に帰したので、これを棄却すべきものである。
次に、控訴人の予備的請求について検討するに、本件土地の賃貸借契約が期間満了によって消滅し、かつ被控訴人の建物買取請求権の行使により被控訴人と控訴人との間において本件建物の売買契約が成立したことは前記の通りであるので、控訴人の本件建物の所有権移転登記手続及び建物明渡、土地引渡の請求は正当であるが、被控訴人は本件建物の代金の支払を受ける迄同時履行の抗弁権と留置権を有するので、控訴人が右代金一七〇万三五〇〇円を支払うのと引換にのみ、本件建物につき昭和四九年七月一一日売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ本件建物を明渡して本件土地の引渡をなすべきものである。また本件土地の賃貸借契約の期間満了時における約定賃料が一箇月金九〇〇〇円であったことは当事者間に争いがなく、右賃料の額が不相当であることを認めるに足りるなにらの証拠もないので、右約定賃料の額を以て賃料相当額と認めるのが相当であるから、被控訴人は、控訴人に対し、本件土地の賃貸借契約が消滅した日の翌日である昭和四六年八月一日以降建物明渡、土地引渡済に至る迄の一箇月金九〇〇〇円の割合による賃料相当損害金(被控訴人の前記建物買取請求権の行使に至る迄)または不当利得金(右買取請求権の行使以後)を支払うべきものである。よって、控訴人の予備的請求は、右の限度において正当であるからこれを認容し、その余はこれを棄却すべきものである。
四、以上の次第で、控訴人の請求を全部棄却した原判決は一部不当であるから、民事訴訟法第三八六条及び第三八四条第二項の規定により原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第九二条但書の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を夫々適用し、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)
<以下省略>